救われているのは、自分のほうだ
水嶋 智 ─ 国土交通事務次官インタビュー
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MLIT INTERVIEW / EXECUTIVE 01 ─ DATE 2026.04.23 / INTERVIEWER 佐藤 学 / DURATION 約 55 分
POINTS
- 「救われているのは、地方の人じゃなくて、あなたなんだよ」──課長時代、年上の友人から投げかけられた一言が、公務員としての向き合い方を裏返した。
- 公務員の原点は、「世のため人のため」ではなく、仕事を通じて自分自身が救われていること。その逆説を、6万人の職員に手渡したい。
- 評価されるから自己肯定感が上がるのではない。自分が納得できる仕事をしているかどうか──そこにだけ軸を置けばいい。
01. 救われているのは、自分のほうだ
Q. 次官はご自身を「自己肯定感の強いおじさん」と言われますが、それは仕事で人から評価されてきたからではないか、と思う若手職員もいると思うのですが。
非常にいいご質問ですね。私が一つ、大きなきっかけになったのは、課長時代の話です。
当時、観光庁という役所ができて、地域を支援するための新しい制度を作ったり、地方に呼ばれて講演に行ったりしていました。そうすると地方の方から、「こんな便利な制度を国が作ってくださったんですね。これを使って我々の地域を良くしていきたい。来ていただいて、課長、ありがとうございました」と言われる機会が結構増えた。
それで私は、**「これ、ひょっとしたらいい仕事できてるのかもしれないな」**と思い込んだ。ひょっとしたら自分は、社会のため、国民のために役立っている仕事ができているのかもしれない──そんな話でちょっと有頂天になっていた時期がありました。
そんなことをぽろりと年上の友人に話したら、その友人はすごく納得した顔をして、こう言ってくれたんです。
「水嶋さん、良かったね。それはね、救われているのは、地方の人じゃなくて、あなたなんだよ」
その時私は、自分の天狗の鼻をある意味へし折られたと言いますか、自分の浅はかさに気が付いて、深く反省するとともに、深く納得したんですね。
そうか、救われているのは自分だったんだ、と。仕事を通じて、自分自身が自分の存在意義を確認できていたんだ。それは、自分が人様からどう評価されているかとはまったく関係なくて、自分自身が救われていたんだな、と。
結局、公務員は世のため人のためと言いますけれども、自分自身が納得できる仕事をしたいという欲求を、みなさん持っていらっしゃるんだと思います。人様からの評価は、もちろん気になります。ただ、それ以上に、自分自身が自分のやっていることにどういう意味を見出せるか──そこに意識を向けるのが、すごく大事なのかなと、その時に気が付きました。
02. 先輩と後輩は、双眼鏡をどっちから使っているか
Q. ベテラン世代と若手が分かり合えない、という声もあります。
私は30代で成田空港の平行滑走路の建設問題を担当させていただきました。反対派の農家の方と、生身の人間同士で話さざるを得ない仕事だったんですね。
当時の私は課長補佐年次で、「自分は大臣や局長じゃないんだから、国を語る立場じゃない」と思っていました。でも地域の人から見れば、運輸省の職員が来ているとなると、「国」として見られるわけです。反対派の方に「おい水嶋審議官よ」と呼ばれて、「いや、私、審議官じゃなくて調整官です」と言っても、**「そんなことはどうでもいい。お前、水嶋」**で終わり。もう生身の人間の一人として向き合うしかない。
その時に深く学んだのは、人間は気をつけないと、自分で勝手に人との間に壁を作ってしまう、ということ。勝手に他人と自分を区別してしまう。しかし、それは自分の思い上がりだったり思い込みだったりすることがすごく多い。誰との間にも壁を作らないことは、組織の中の先輩・後輩・上司・部下であっても同じなんだな、と。
先輩と後輩は、双眼鏡をどっちから使っているかが違う。
先輩は双眼鏡を正しい方向で使っている。20代だった自分、30代だった自分を覚えているから、目の前にいる係員の「なんとか君」は今こういうことで悩んでるんじゃないかな、と想像がつく。だから、私からすれば係員のみなさんはものすごく親しく思えるんです。
ところが、後輩の側は双眼鏡を逆さまに見ている。目の前にいるこのおじさん、顔にシミも浮いてるし、白髪もあるし、ちょっとシワもある。このおじさんと僕の共通点なんて何もないよ、と思いがち。
なぜならば、20代の私、30代の私がまさにそうだったからです。
課長さんに「おい水嶋、今日一緒に昼飯行こうよ」と誘われるのが嫌で嫌でしょうがなかった。僕なんか誘わないでください、もっとおじさん同士でご飯行ってくださいと、若かった僕は本当に思っていたんです。だから、若い人が先輩を敬遠したがる気持ちは、私自身がそうだったのでよくわかります。
でも、たまには先輩の話を聞いてみるのも悪くない。別にご飯じゃなくてもいいんです。仕事中のちょっとした雑談でもいい。「俺は若い時は実はこうだったんだよ」と言ってあげたら、それがひょっとしたらヒントになるかもしれない。断るのは後輩の権利ですから、誘う方もそれで構わないんです。
03. 若い人こそ、その気持ちでこの組織を変えていってほしい
Q. 若手の頃に、この仕事は意味があるのかと疑問に思ったことは?
ありましたね。例えば、当時は省庁間の権限争いというのがすごかった。どこかの役所が新しい法令を作ろうとすると、他の役所が「質問」という名前のケチをつける。それに費やすエネルギーはものすごいものでしたし、「こういうことにどれぐらいの意味があるんだろう」と思ったことは何度もあります。
ちなみに、当時はまだ時代が右肩上がりで、行政の中に余白や空白があった時代でした。そうした余白や空白を、どの省庁が自分たちの縄張りとするのか──そういう問題意識が権限争いの背景にはあったのだと思います。こうした権限争いは、今の時代にはほとんどなくなったと思います。霞が関にそんなことをやっている余裕がなくなったということでしょう。外部との調整が複雑化する中で、むしろ各省庁が一緒になって社会の問題を解決していくべきだ、という意識は、私が若かった頃に比べれば遥かに改善されています。
もちろん、今の時代には今の時代の理不尽があるはずです。私から若い方にお願いしたいのは、そういう意見を自分の体の中に押し込めないでほしいということ。「これはおかしいんじゃないか」と思う気持ちを、新鮮な目で持ち込んでくださるからこそ、この組織は良くなっていける。
もちろん、様々な経緯や歴史の中で「これはこういう理由があってこういうプロセスが必要なんだ」ということも多々あります。先輩からそれを教えてもらうことで、意味がないと思っていたことに意味を見出せるかもしれない。それでもなお「やっぱりおかしい」ということがあれば、そのおかしいと感じるエネルギーでぜひこの役所の仕事のやり方を変えていってほしい。それは、若い人にしかできない特権だと思います。
04. 6万人、8割は地方で働いている
Q. 現場で頑張っている職員にも、ぜひメッセージを。
国土交通省のこの6万人を超える職員のうち、8割の方は地方で働いていらっしゃいます。許認可の窓口にいる運輸支局の方、工事事務所で地元調整にあたる方、船に乗って密漁の取り締まりをしている海上保安庁の方、予報を出す瞬間に悩んでいる気象庁の予報官、自分の指示が間違えば大きな事故になるかもしれないストレスの中で仕事をしている航空管制官──いろんな職種の方が、この国土交通省を支えてくれています。
国民の皆さんから直接「ありがとう」と言ってもらえる立場の方はまだ幸せで、そういう機会さえない職場で働いている皆さんもたくさんいらっしゃる。
ただ、私がぜひお願いしたいのは、どうか皆さんの仕事に誇りを持っていただきたい、ということです。皆さんの仕事のおかげで国土交通行政は成り立っていて、この国は成り立っています。国土交通省は、ある意味、縁の下の力持ちです。
皆さんの仕事は、絶対、誰かが見ていてくれます。窓口に来た申請者も、心の中でありがとうと言っているかもしれない。機嫌が悪い申請者がいたかもしれませんけど、「きっとこの人は朝、奥さんと喧嘩してきたんだ」と突き放して、自分の気持ちを楽にしていくこともあるだろうと思います。同僚も見ていてくれるし、後ろに控えている本省の職員もみなさんには感謝しているし、家族のみなさんも、そこで働いてくれているお父さん、お母さん、息子さん、娘さんには誇りを持ってくれているはずです。それを信じていただければと思います。
05. ベテラン世代へ ── かっこいい背中を見せてくれ
Q. 課長・係長クラスのベテランには、どんなメッセージを?
CXや組織変革の中で、「若い人を立てろ」「若い人を大事にしよう」というベクトルで受け止めているベテランの方も多いと思います。ハラスメントは許さない、と私も言っていますから、いろんなことがハラスメントに当たるんじゃないかと気にしてくださっている方もいる。
昔オッケーだったことが今の基準ではアウトになる──これは人間は生き物ですから、社会の変化に合わせて自分自身も変化していかざるを得ない。そこは覚悟していただく必要があります。
ただ一方で、萎縮をしていただく必要はまったくないと私は思っています。
40代・50代のベテランの皆さんが作ってくださった国土交通省です。皆さんの頑張りがあったからこそ、この役所が「いざというときに一番頼りになるのは国土交通省だよね」「立派な役所だよね」と評価されてきた。地方の人から「国土交通省のおかげで助けてもらった」と言われることも本当に多い。
後輩のみんなに、後輩たちが憧れるようなかっこいい背中を見せてくれ。それで最後の職業人生の仕上げをして、この役所を卒業していこうじゃないか。
そういう立派な国土交通省を作ってくださったのは、いまの40代・50代のベテランの皆さんです。私はもう60を超えた最後の昭和世代ですけども、あえてこの世代の皆さんにメッセージを伝えるなら──それが我々の後輩に対するメッセージじゃないのか、と思います。
06. 政策判断に迷った時 ── 天下に説明できるか
Q. 自分一人で判断しなければならない時、何を基準にされますか。
役所にいると、どちらの政策判断を取るにしても、デメリットを受ける人たちがいる。そのデメリットを受ける人たちに対して、なぜその判断をしたのかを説明し、場合によっては痛みを緩和する手段を一緒に考える──この説明責任を果たすことで、政策判断の責任を果たしていくのが、霞が関の宿命だと思います。
判断基準は、もうケースバイケースですから、一概には言えません。ただ、一つだけ常に心がけていただきたいのは、なぜその政策判断を下したかを「天下」に向かって説明できるかどうか、ということです。
天下に向かって説明できない理由で答えを下してしまうと、これはやはり歴史から厳しい評価を受けるかもしれない。それだけ悩む問題であれば、どちらが絶対的に正しいということはおそらくない。ただ、その政策判断を世の中に対してちゃんと説明ができて、後世の人たちの判断の材料になるようなものをちゃんと残していけるか──それを心がけて判断していく。私自身はそう思っています。
07. 補欠の少年と、フランス語学校のおじさん
Q. 次官はご自身を「自己肯定感の強いおじさん」と言われますが、子供の頃からそうだったんですか?
今はですね、私、たぶんめちゃくちゃ自己肯定感の強いおじさんなんですけど、若い時はそれほどなかったと思います。身長もそんなに高くなかったですし、もうちょっと背が高けりゃいいのになとか。中学校時代にハンドボール部に入っていて、京都大会・近畿大会では負けたことのない強いチームだったんですけど、私はその中で補欠だったんですね。そういうコンプレックスは今にして思えばたくさん持っていました。
実家は京都の花屋でした。夏になると父が白シャツ1枚で軽トラに乗って、京都市内に花を配達していたんですね。私はよく助手席に乗ってついていきました。お取引先の一つが仁和寺──吉田兼好が『徒然草』を書いたといわれるお寺です。父がお花を配り歩いている間、私は庭の池でアメリカザリガニを釣ったりしていたんですが、それが実は国宝の庭か何かで、お坊さんにえらい怒られたなんてこともありました。
周りは魚屋の息子、豆腐屋のお嬢さん。背広を着てネクタイを締めている大人が正直いなかったので、自分が「勤め人」になるというイメージはまったく持っていませんでした。年末になると大人に混じって門松を作っていたので、私、国土交通省で唯一、門松を作れる公務員じゃないかなと思っているんですけど。
Q. そのコンプレックスが、仕事の中でどう変わっていったのでしょうか。
一つ忘れられない出来事があります。36歳から3年間、フランスに赴任することになった時のことです。
フランス語を勉強したことがなかったので、赴任直前にあわててフランス語学校に通い始めました。仕事をしながら夜に通うので、宿題を満足に仕上げられないまま授業に出る。周囲は若い女性ばかりで、みな真剣にフランス語に取り組んでいる。先生から質問されても上手く答えられない私に、冷たい視線が注がれた。
「このおじさん、これぐらい勉強してくればいいのに」──そんな空気を感じた時に、自分の中でふっと叫び声が上がったんです。
「この質問に答えられないというだけで、僕のことを評価しないでよ。僕は昼間はそれなりに仕事をして、忙しい中でここに通ってるんだから、そういう僕を全人格的に見てよ」
その時ハッと思ったのは、自分は小学校、中学校時代、成績はどちらかというと悪い方ではなかった、と。その時に、成績が必ずしも良くない友達は何を考えていたのか。ひょっとしたら、「僕は算数はできないけど、僕の50メートル走を見てくれ。僕は6秒台で走れるんだよ」と思っていた友達がいたかもしれない。
人間は一面的なことだけで評価されたくない、と誰しも思っているんじゃないでしょうか。何かの仕事がうまくいった、いかなかった──それだけを見て評価しないでくれ、と。人間には得手不得手があるんだから、それぞれの人の居場所と出番を考えることがものすごく大事なんじゃないかなと、30代になってから気が付いたことでした。
08. もし20歳に戻れたら
Q. 最後に、もし今の時代、20歳に戻って就活からやり直せるとしたら、どこで何を選ばれますか。
これはものすごく難しいご質問ですね。
仮にいま20歳に戻ったら、間違いなく公務員は選択肢の一つになります。一方で、私、プロレスが大好きなのでプロレス記者になりたいと思ったこともありますし、いろんな可能性を考えたこともありました。
ただ、もし僕が20歳の青年に戻れたとしたら──いろんな大人たちに会って、いろんな人に話を聞いてみたい。その時、もし20歳の水嶋が62歳の水嶋さんに会ったら、きっとこう語るでしょう。
「お前、絶対、国交省入れよ。俺の人生、むちゃくちゃ幸せだったよ。俺の仲間たち、素晴らしかったよ。嫌な奴、全然いなかったよ。ここで得たことは、すごく大きかったよ」
62歳の水嶋は、20歳の水嶋にきっとそう言うと思います。
※ 本プレビューは、制作チーム内での確認用です。官職名・過去の役職表記、関西弁セリフの残置可否、個人的エピソード(京都の花屋の息子、中学ハンドボール部、プロレス観戦 ほか)の扱いは、掲載前に秘書室へ照会のうえ確定します。掲載にあたっては水嶋次官の事前確認を経て最終化します(予定)。
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