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あの時の、ありがとう

田中 早紀 ─ 近畿運輸局 京都運輸支局 輸送監査部門

田中 早紀

MLIT INTERVIEW / FIELD 04 ─ DATE 2026.04.24 / INTERVIEWER 佐藤 学 / DURATION 約 55 分

POINTS

  • 入局一年目、はじめて窓口で対応した福祉タクシー事業者から告げられた「ありがとう」のひと言が、八年目の今も日々の業務に立ち返る原点になっている。
  • 一枚の申請書の向こう側には、地域の人たちの話し合いがある。紙の奥行きを想像しながら、窓口で交わされる地道なやり取りを積み重ねていく。
  • 仕事は人生の三割でいい。百パーセントで受け止めない、マイナスを引きずらない──分母(人生の楽しみ)を増やしていく距離の取り方で、八年目を歩んでいる。

01. 田舎育ちの、テニス少女

Q. 子供時代、どんなお子さんだったんですか。

小さい頃から、興味があることには一直線、というタイプだったと思います。両親がどちらもアクティブで、お出かけや旅行によく連れていってくれたので、新しいものに触れる、新しいことに挑戦するというのは、とにかく好きでした。

出身が田舎の方でしたので、友達と遊ぶといっても、もう本当に畑に入って虫を捕まえるような、そういう遊び方をしていました。

中学に入ってからはテニス部でした。これも両親の影響が大きかったと思います。体を動かすとか、外に出ていろんな体験をするとか、そういうことがごく自然にある家庭で、気づけばラケットを握っていた。中学生の私も、やっぱり一直線に、テニスボールを追いかけていたと思います。

両親とは、今でも一緒に出かけることがあります。仕事の話もしていて、父が、うちの職場の見学に来てくれたこともあるんですよ。窓口の席が多くて、日中は人がたくさんいてバタバタしているという話をしたら、それをわざわざ見に来てくれた。娘の職場に興味を持ってくれているんだな、というのは、すごく感じます。

Q. ご両親から繰り返し言われていた言葉はありますか。

行きたいところに行きなさい」。これはもう、昔からずっと言われてきた言葉です。興味があることはやってみなさい、行ってみなさい、と。

だから、高校に通うときにローカル線を使っていたのも、自分にとってはごく自然なことでした。田んぼの中を、一両で、一時間に一本走るような路線だったんです。のんびりした風景のなかで、でもその存続のために、地元の人たちがいろんな取り組みをしているんだなというのは、子供ながらに感じていました。

このローカル線がなかったら、私は、行きたかった高校に通えなかっただろうな。

そんなことを、薄っすらと高校の頃から感じていました。今思えば、この感覚が、就職先を選ぶときのいちばん奥のところに、ずっと残っていたんだと思います。

02. 行きたいところに、行ける社会

Q. 就職活動のことを覚えていますか。

覚えています。

就職活動を始めたころ、自分はどこで働きたいんだろう、というのをいろいろ調べていて、たどり着いたのが「移動の自由がある社会」というキーワードでした。行きたいところに行ける社会って、すごくワクワクするなって、一番しっくり来たんです。

田舎で生まれ育って、交通機関が発達していると胸を張っては言えない場所で過ごしてきた自分にとって、交通は、ただの乗り物ではなかった。自分の行きたい場所があって、そこに行くことができて、そこで新しい価値観に触れ、世界が広がっていく。交通って、そういう存在なんだな、と。それで、近畿運輸局を志望しました。

公務員を目指したきっかけそのものは、最初の段階ではそんなに深く考えていたわけではありません。身近に公務員がいてイメージが湧きやすかったこと、ワークライフバランスがとれているんじゃないか、という漠然としたイメージがあったこと──入口は、正直、そのくらいの動機でした。

ただ、運輸局に絞ってからは、第一志望はもうぶれませんでした。それでも、最後の最後まで、行ける説明会は全部参加するようにしていました。他の官庁や自治体の話を聞くたびに、自分の軸のほうが、だんだんはっきりしていく感覚があったんです。**比べることで、ここがいい、と言える理由が、自分のなかで固まっていった。**民間企業は、結果的に受けませんでしたね。

もう一つ、説明会で私がよく見ていたのは、「しんどい面をどれだけ正直に話してくれるか」でした。どの説明会でも、みなさんポジティブな面をたくさん見せてくれます。でも実際はそうじゃない部分もあるはずで、長くいる場所になるのだから、そのしんどい部分を自分が乗り越えられるかどうか、折れずに続けられるかどうか──そこを見極めたかったんです。窓口があって大変だと感じる人ももちろんいる、それを含めてここで働きたいかどうか、と自分に問うていました。

Q. 最後は、なぜ近畿運輸局だったんですか。

近畿運輸局はちょっと違うな、と感じたのは、説明会の雰囲気でした。

場所によっては、ずっと静かな会場もあるんです。きちんと整っていて、質問も遠慮がちで。でも、近畿運輸局の説明会は、本当に明るかった。職員の方々が明るくて、どんな質問にもさっと答えてくれて、笑いも起きる。それはたぶん、日々いろんな申請者の方と接するなかで、出来上がってきた明るさなんだろうな、と思いました。最後は、その雰囲気で決めた、というのに近いです。

03. あの時の、ありがとう

Q. 今までで、いちばん忘れられない瞬間を教えてください。

忘れられないタイミング、というのがあるんです。今でも、ふと思い出す場面が。

入局してすぐ、いまの京都ではなく、別の運輸支局の、同じ輸送監査部門にいた頃の話です。係員として窓口に座っていた時期がありました。入局一年目、配属されたばかりで、この業務を初めてやることになって、正直、右も左もわからない状態でした。

そのときに、福祉タクシーの新規許可を取られた方が、窓口に来られたんです。

新しく事業を始めるにあたって、許可を受けたあと、開始のタイミングの届出を出しに来られた場面でした。私にとっては、異動してから、ほとんど初めて窓口で相手をする申請者の方でした。どんなご案内をすればよいのかも、全然わかっていなかった。書類を一枚一枚見ながら、これはこうです、次はこれを、とたどたどしく説明するしかなかった。今の自分が見たら、**「すごく時間をかけてしまったな」**と思う案内だったと思います。お待たせして、ご迷惑もおかけしたはずです。

それでも、すべての手続きが終わった最後に、その方が、カウンターの向こうで笑顔を見せてくださった。

「ありがとう」

ただ、それだけの一言だったんです。でも、そのひと言が、ふっと私のなかに残った。

そのとき私は、自分に問いました。――私は、この人に伝えるべきことを、ちゃんと、わかりやすく伝えられたのかな。

答えは、たぶん、満点ではなかったと思うんです。時間はかかりすぎたし、スムーズではなかった。でも、その方が笑顔で「ありがとう」と言って帰っていかれた、その感情だけは、嘘ではなかった。

今も、同じ業務に携わっています。いろんな申請者の方が来られます。大きい仕事や華やかな仕事のほうが、印象に残りやすいんだろうな、とは思うんです。けれども、日々の業務の多くを占めているのは、窓口で直接申請を受ける、地道で小さな仕事です。その積み重ねが、基礎としてある。

あの時の、あの人の「ありがとう」は、私にとって、その基礎のいちばん底に、まだずっと残っています。

04. 申請書の、向こう側

Q. 今のお仕事で、難しかった最近の事例を教えてもらえますか。

京都運輸支局の輸送監査部門で、バスやタクシーの申請を受け付ける窓口を主に担っています。日中は、窓口に来られる方の対応、電話でのお問い合わせ、事業者の方からのご相談。そういうやり取りのなかで、「この計画でバスを走らせたいんですけど、申請は通りますか」と相談をいただく。その内容を、法令や制度の要件に沿って確認していくのが、基本の仕事です。

最近、難しいなと思った事例がありました。特定旅客運送と呼ばれる申請です。

普段、街なかを走っているバスは、バス停で待っていれば誰でも乗れる、地域の足を支える公共の乗り物です。けれども、特定旅客運送は違う。乗車できるお客さまが限られていて、対象はこの人だけ、というふうに決まっているんです。たとえば、周囲に公共交通機関のない工場で、その工場の従業員の方だけを運ぶ──そういう場面で、この申請が出てまいります。

ご相談をいただいたのが、そもそもそういう申請を受け付けていいものなのかどうか、という入り口のところから、慎重な判断が必要な案件でした。事例もあまり多くはありません。申請者の方も真剣に相談に来られていて、こちらも自分の知識だけでは答えを出せない。本局にも確認してもらい、他の運輸局に同様の事例がないかどうかを本局を通じて調べていただき、少しずつ道筋を探っていきました。

最後に認可までたどり着いたときは、本当にホッとしました。自分ひとりで答えを出したわけじゃない。

周りと、本局と、みんなで相談しながら、なんとか終えられた。ああいうときに、この組織に自分がいる意味を、あらためて感じます。

難しいと感じるのは、事業者の方からご相談をいただく際に、はっきりとした答えがまだ定まっていないものに、どう向き合っていくかという点です。相手が何をお求めになっているのか、その意図をどう汲み取って、ご回答を組み立てていくのか。自分一人では答えを出しきれない場面も、もちろんある。けれども、一人で抱え込む必要はなくて、周りの先輩や本局に相談させていただきながら、答えを形にしていく。うまくまとまったときの、あの小さく息をつく感覚は、この仕事ならではのものだと思います。

入局する前、私は公務員に対して、もう少し固いイメージを持っていました。法律に沿って「できます/できません」を判定する、そういう仕事なのかな、と。けれども実際に窓口に立ってみると、最後はやはり、人と人なんですね。やり取りのなかに、相手の思いや感情がきちんと乗っていて、こちらにもそれが伝わってくる。いい意味で、想像していたほどの硬さはなかった、というのが、入局後のいちばん大きな発見だったかもしれません。

Q. 申請書の見方が変わった瞬間があった、と伺いました。

あります。いまと同じ許認可系の業務に、初めて携わった頃のことです。

業務のなかで、自分の出身の市の会議に参加させていただくタイミングがあったんです。自家用有償旅客運送という制度があって──普段ならバスやタクシーといった公共交通が担う輸送サービスの提供が難しいエリアで、地域の関係者の方が集まって会議を開き、自家用車で人を運ぶことを認めていく、そういう制度です。

その会議に出席させていただいて、**「ああ、こうやって町の交通は組み立てられていくんだ」**と、すごく感じたんです。

それまでの私は、正直に言うと、申請書というものを、少し事務的に見ていたのかもしれません。会議で整った内容が紙になって窓口に出てくる、その文字を追うだけの作業になりがちだった。でも、その一枚の申請書ができるまでには、地域の人たちの話し合いがあって、ここに公共交通がないから、なんとかしないといけない、という切実な思いがあって、何度もやり取りがあって、そのうえで、ようやく書類になっている。

申請書の向こう側には、町がある。**その奥行きを想像しながら、日々の業務にあたる。**あの会議に出て以来、そう心に決めました。

一両編成のローカル線を残すために沿線の人たちが動いていた高校時代の風景と、あの日の会議の光景が、どこかで自分のなかで重なった気がします。交通というのは、紙の上だけの話ではなくて、その地域の人が自分たちでつくっているものなんだ──。あのときに、そう思いました。

05. マイナスを、持ち越さない

Q. 窓口には、ときに強い言葉をぶつけられる場面もあるかと思います。

もちろん、強い口調で声を出される方も、いらっしゃらないわけではありません。それも、私たちの仕事の一部です。ただ、自分自身のなかでは、マイナスの感情は絶対に引きずりたくない、と決めています。正直、次の瞬間には忘れるようにしている、というのに近いかもしれません。

もちろん、一人で抱え込むわけではないんです。窓口の様子を、周りの職員がしっかり見てくれているので、終わったあとには、「すごい人、おったなあ」って、みんなで笑って終わる──そういう雰囲気が、この職場にはあります。だから、私がそこでネガティブな感情を引きずり続けることは、正直、あまりありません。

これは、八年目に入って、自分なりに見つけた仕事との距離の取り方でもあります。**感情的なところを引きずっていても、プラスにはならない。**ただマイナスになるだけだと、はっきり思うようになりました。もともと引きずるタイプではないのもあるんですけれど、そのうえで、意識的にそう切り替えているところもあります。

正直に言えば、自分の人生のなかで、仕事が占める割合は、いい意味で三割くらいだと思っているんです。仕事の優先順位が低い、という意味ではありません。この業務に携わるなかで、町のことも、制度のことも、資格のことも、面白いと思えるようになる。そうすると、自分の人生の分母のほうが、どんどん増えていく感覚があるんですね。生活全体が、さまざまな興味や関わりに支えられているので、一部で何かがあったとしても、それがそのまま全体を揺らすことは少ない。そう考えられるようになってからは、ずいぶん楽になりました。

退職までの何十年を、毎日やりがいとエネルギーに満ちて働けるか、と言われたら、そうじゃない日ももちろん来ると思うんです。そういう日があるのも当たり前。100パーセントじゃなくてもいい。そのうえで、じゃあ自分ならどう切り取れば興味が持てるかな、どう向き合えば自分なりの意味が見えるかな──その視点で業務を見ています。

入局してからのギャップとしてもう一つ申し上げたいのは、組織そのものの印象です。想像以上に、楽しいと思えている、というのが正直な実感です。社会人はしんどいとか、仕事への愚痴が多いものだとか、期待して入るぶん落胆もあるだろう、と覚悟はしていました。けれども、どの部署に行っても、周りの方々と自然にコミュニケーションを取りながら、チームとして仕事ができている──そういう実感をずっと持たせてもらっています。

組織への率直な要望として、一つだけ挙げるとすれば、設備面の話でしょうか。古いものもあり、もちろんすぐに新しくすることには限界があるのも承知しています。ただ、シンプルに、夏は暑い、冬は寒いといった部分は、やはり気になるところではあります。それ以外で、周りの方々に何かを期待するかと言われると、いまは感謝の気持ちのほうが、止まらないくらいなのです。ただ、強いて言うなら、いろんな考えの人を受け入れてくれる場所であり続けてほしい。やる気のある人から、そうでない人まで、いろんな価値観の人がいてこその組織だと思うので。

Q. 周りに、気持ちの切り替えが苦手な後輩もいると思います。その人たちには、どう声をかけますか。

「その一瞬だけが、全てじゃないよ」と、伝えたいです。

どんな仕事にも、必ず、いろんな面があります。自分なりの距離の取り方、踏み込む場所と普通に接する場所の見極めを、ゆっくり探していけばいい。ここまでは踏み込めるけれど、ここは少し離れていよう、というように、自分の線を引いてもいい。百パーセントで受け止めなくてもいいのかな、と、私は思います。

仕事をするだけが、人生ではありません。仕事のなかにも、必ず波がある。その一瞬だけを切り取って、「もう無理だ」と結論を出してしまうのは、もったいない気がします。先輩として偉そうに言うのではなくて、私自身が、あの福祉タクシーの一言や、ローカル線の風景や、いろんなことに助けられながら、なんとか八年やってこられた、という実感からの言葉です。

06. 分母が、増えていく

Q. これから、やってみたいことはありますか。

いっぱいあります。ほんとに、いっぱい。

私、ノートを持ち歩いているんです。やりたいことを、そこにずっと書き溜めていて、いつどのタイミングでできるかを、ずっと考えている。旅行のこと、資格のこと、読みたい本のこと、行ってみたい路線のこと。ひとつ経験すると、そこからまた広がるものがあるので、リストはなかなか減らないんですけれど、それがまた楽しい。

今年やりたいことで言うと、まずは富士山に登ることです。それから、海外旅行では南米ですね。6大陸のうち、南米だけが最後に残っている大陸なんです。今年度のあいだに、なんとか行けたらいいなと思っています。

組織に入ってから、関連する資格を三、四年目のときにいくつか取りました。勉強するって面白いな、とそのときに感じて、これからも資格の勉強は続けていきたい、と思っています。

Q. 少し毛色の違う趣味もあるとか。

去年の秋に、バスロゲーニングという競技に、初めて参加してきたんです。

ロゲーニングというのは、決められたエリアのなかにチェックポイントがいくつか設けられていて、制限時間内にできるだけたくさん回ってポイントを集める、というスポーツです。ふつうは徒歩やランニングで行うことが多いんですけれど、それをバスでやるイベントを、偶然見つけてしまって。もう、これは行くしかない、と。

参加してみたら、普段の生活では絶対に降り立たないような場所に降りて、乗ったことのない路線に乗って、その地域の顔をのぞき見ることができて、**「ああ、こんな町があったんだ」**という発見の連続でした。京都に勤務しているので、申請のあったバス路線に、休みの日に実際に乗りに行ってみることもあります。交通を仕事にしている人間が、休みの日に交通で遊んでいる。趣味と仕事の境目が、かなり曖昧なんです。

楽しいことには、貪欲に生きているつもりです。「自分の人生が楽しくない」って、私は絶対に許せないんですよ。

絶対に楽しい人生にしたい、とずっと思っている。ひとつ経験すると、そこからまた次の興味が生まれる。その連鎖のなかに、自分の行きたい場所があって、そこに行くための交通があって、という流れが、自然にあるんです。

この感覚の原点は、やっぱり両親の言葉にあると思います。昔から、「行きたいところに行きなさい」とずっと言われて育ちました。興味があることはやってみる、行ってみる。その価値観が、そのまま今の自分の背骨になっています。

Q. 組織に期待することと、自分が組織に貢献したいことを、最後に教えてください。

私たちの業務は、人々の生活に直結する、生活の根幹に関わるものが多いので、一人ひとりが「こう生きていきたい」という可能性を広げられる社会を、きちんと支援していける組織であってほしい、ということに尽きます。生き方は多様化していますし、社会もこれから大きく変わっていきます。その流れに、柔軟に対応できる組織でありたい。そこに、自分自身もきちんと貢献していきたいのです。

私が組織に貢献していきたいことは、まだ、たくさんあります。何年いても、聞いたことのないご質問や、出会ったことのないケースは、必ず出てくる。そうしたものに、どう向き合い、相手の意図を汲み取って、どうお伝えするか──そのひとつひとつの積み重ねが、地域の交通のあり方に、ささやかに関わっていくのだと思います。どんな場面でも、必要なお話をきちんと交わせる、そういう窓口の対応ができるようになりたい。そのために、これからも学び続けていきたいと思っています。


※ 本プレビューは、制作チーム内での確認用です。組織名・職名表記、および制度名称(特定旅客運送、自家用有償旅客運送、福祉タクシー新規許可 ほか)の正式表記は、掲載前に近畿運輸局(本局)広報担当へ照会のうえ確定します。掲載にあたっては田中氏の事前確認を経て最終化します(予定)。

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