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目立たないのが、仕事

杉田 史彦 ─ 関東地方整備局 利根川上流河川事務所 計画課 計画係長

杉田 史彦

MLIT INTERVIEW / FIELD 03 ─ DATE 2026.04.24 / INTERVIEWER 佐藤 学 / DURATION 約 53 分

POINTS

  • 国交省の仕事は、具体事例がパッと思いつかないこと自体が誇り。「文句を言える日常」が続いていること、それを続けることが、自分たちの使命である。
  • 令和元年東日本台風で八場ダムが効果を発揮した翌年、交際中だった妻から「あなたのおかげで私たちの生活が守られている」と言われた日が、仕事観の軸になった。
  • マインドは押し付けずに、自分で気づいてもらう。「この仕事って、何に繋がってると思う?」と問いかけ続けられる係長でありたい。

01. 目立たないのが、仕事

Q. いまのお仕事の内容を、少し聞かせてください。

利根川上流河川事務所の計画課で、係長をしています。利根川は、群馬県から茨城、千葉を流れて太平洋に注ぐ大きな河川です。その上流部分の整備計画と管理が、事務所としての主な仕事になります。計画課はそのなかで、いまある整備計画を、どういう順序で、どういうメニューで進めていくかを管理していく部署です。

正直に申し上げると、まだ異動して数週間なので、全容を掴みきれてはいないんです。四月に来たばかりで。それでも毎日、利根川の上流のどこから何を手当てしていくのか、関係する方々と話をしながら、一つひとつ判断を積み重ねていく。そういう仕事です。

Q. 国交省で働いていて、「この組織には意味がある」と感じる瞬間はありますか。

これ、正直に言うと、具体事例がパッと出てこないんですよ。

でも、そのパッと出てこないこと自体が、実はいいことなんじゃないかと思っています。国交省は、インフラ整備を含めて、生活のハード面の基盤を支えるのが主な仕事です。そこで目立つって、たぶんいいことじゃないんです。水道が破裂した、堤防が越水した、道路が陥没した――我々の存在が自覚されるときって、何か悪いことが起きたときなんですよね。

だからこそ、ここでパッと思いつく事例がないということは、国交省がしっかり仕事をしている証拠なのかなと思っています。皆さんが何も気にせず普通に生活できている、それ自体が、我々の仕事の成果なんです。

普段は文句を言われることもあります。公務員って、住民の方々からいろいろ言われる立場ですから。でも、普段そうやって文句を言える状態、命が脅かされていない状態が続いていること、それを続けることが我々の使命なんだと、いまは思っています。

02. 教師の道を見直した日

Q. 国交省に入られた経緯を、最初から聞かせていただけますか。

これは本音でお話しますけど、僕、もともと教師になるつもりだったんですよ。

大学に入った時点から先生になろうと思っていて、四年生で教育実習に行きました。ところが、そこで、自分には無理だな、と思ってしまったんです。

きっかけは二つありました。ひとつは、自分がそれまで見てきた先生像と、現場の先生の仕事とのギャップです。僕が知っていたのは、授業だったり、部活だったり、行事だったり、表の仕事だけだった。でも実習で見た裏の仕事は膨大で、ああ、これを毎日やっていくのかと。

もうひとつが、たぶんこちらのほうが大きかったんだと思います。

皆さん少なからず経験があると思うんですけど、先生に言われたひと言、特にネガティブな発言を、大人になっても根に持っている人って、かなりいるんですよ。先生からしたら、ふとした一言だったかもしれない。でも言われた側は、何年経っても覚えている。

僕が先生という立場になって、未来のある子たちに、何気なく口にした一言を一生根に持たれるかもしれない。その重荷には、耐えられないなと思ったんです。それで、教師の道は諦めました。

教師を諦めたのが四年生の五月中旬。当時の就活は三月一日解禁で、その時点で「もう、いいところは募集締め切りました」という状態でした。慌てて民間企業も受けましたが、満足いく結果は出ず、いい加減、精神的にも疲れてしまって、進路のことから少し距離を置いた時期がありました。気づけば卒業間近。一つ下の世代がゴリゴリ就活を始めている。こちらはすでに出遅れている。

そこで浮かんできたのが公務員試験でした。筆記さえ受かれば拾ってくれるだろう、という、いま思えば下心満載の動機です。正直に申し上げれば。家計が公務員の多い家だったので、理解もあった。じゃあそっちを目指せば、と助言してくれる人もいました。

大学で物理学を専攻していたので、最初は物理で国家公務員を受けようとしたんですが、物理学で受けられるのは国家公務員だけで、採用枠が極端に狭い。そこで、地方公務員でも枠のある土木区分に切り替えて受験しました。最初から国交省を目指していたわけじゃなくて、国家公務員の土木区分で受かること自体がまずゴールだったんです。

ただ、ありがたいことに合格してからは、どこで自分が一番輝けるか、少しは考えました。土木で受かった人間は、現場に近いところで仕事をしたほうがいい。発注者側ではあっても、道路でも河川でも、現場に近いところで働いたほうが、これまで積み上げてきた知識と、これから身につける技術力を活かせる。そう考えると、現場を一番多く抱えているのは国交省なんですよね。他の省庁にも現場はあると思うんですけれど、数と厚みが違う。だから国交省を希望しました。

平成二十九年十月、半年前倒しで採用されました。最初の配属は、関東地方整備局の八場ダム工事事務所でした。

03. あなたのおかげ、と妻に言われた日

Q. 九年のキャリアのなかで、やりがいをいちばん感じた瞬間はどこですか。

二つあります。どちらも、最初に配属された八場ダム工事事務所が舞台です。

一つは、令和元年の東日本台風です。

当時、八場ダムは堤体そのものは完成していて、試験湛水の最中でした。試験湛水というのは、ダム湖にゆっくり水を溜めながら、堤体やその周りの地盤に影響が出ないかを確かめる、試験的な注水のことです。半年かけてじっくり溜めていくはずだった水が、令和元年東日本台風の直撃を受けて、たった一日か二日で八割九割まで一気に溜まったんです。

結果として、下流の利根川の水位が、想定ほど上がらずに済んだ。そのことがテレビでもSNSでも取り上げられて、「八場ダムのおかげで暮らしが守られた」と、一般の方々が自分の言葉で発信してくださった。その投稿を、いま僕は、自分の仕事のやりがいとして、はっきり思い出すことができます。

そして、もう一つ。これも八場ダムなんですけれど。

Q. 採用から三、四年目、八場ダム工事事務所のあと、利根川上流河川事務所の工務第1課で堤防整備の工事発注を担当されていた頃のお話ですね。当時交際中だった奥様と、群馬にドライブに行かれたと伺いました。

はい。草津のほうに行く予定で、ちょうどルート上に八場ダムがあったんです。せっかくだから、ちょっと降りて見てみようか、と。

まだ採用されて三、四年目ですから、僕の知識も浅はかなものでしたけど、ダムっていうのは、こういう目的で、こういう仕組みで水を溜めて、下流にこう流して、と、妻にいろいろ説明していました。

妻は、土木とはまったく違う仕事をしている人なので、正直、ダムの話なんか興味もないし、わからないと思うんですよ。それでも、僕が流暢に喋っているのをひととおり聞き終えたあとに、妻が、ぽつっと言ったんです。

「じゃあ、あなたのおかげ、あなたとか、みんなの、働いてくださってる方々のおかげで、私たちの生活、守ってくれてるんだね」

あの一言は、本当に大きかったです。付き合っている人、信頼していて、愛情を持っている人から、そう言われる。これは、台風のニュースで顔も知らない方々に届く「おかげ」とは、また違う重さがあった。

そこから僕は、今の仕事はどんな内容であれ、深く掘っていけば、住民の方々の生活と財産を守るためにやっている、という意識で仕事をするようになりました。役所の中の調整も、資料づくりも、予算の数字を動かす作業も、全部そこに繋がっている。それが、いまの自分の仕事の支えです。

04. 文句を言える日常を続ける

Q. 令和元年の台風のような大きな出来事は、日常的には起こりません。誰にも気づかれないまま仕事が流れていく日の方が、むしろ多いはずです。

これ、実はあのとき自分でも少し思ったことなんですけれど――令和元年の台風で八場ダムが効果を出した、ああいう瞬間にしかやりがいを感じられないのか、と。あんな災害なんて、そう何度も起きてほしくないわけですよね。でも、仕事のやりがいが、災害の有無でしか見えないなら、それはちょっと寂しい。

そこで、考え方を裏返しました。

何も気にせず、いろんな方々が普通に生活できている。それこそが、我々が目指すべき状態なんだ、と。公務員はよく、住民の方々から文句を言われます。道路のここが不便だ、手続きが遅い、あの川の管理はどうなっている、と。でも、文句を言えること自体が、命が脅かされていないということなんですよね。

命が脅かされているときに、人は文句を言っていられません。避難するか、救助を待つか、そのどちらかしかない。文句を言える日常が続いていること、それを続けていくことが、我々の使命です。そして、それ自体を自分のやりがいとして捉えていかなければいけないな、と。

Q. 逆に、本当に嫌だな、やってらんないな、と思う瞬間もあるんじゃないですか。

それ、仕事の内容ではほとんどないんです。量でも内容でもなくて、正直に言うと、人間関係のときだけです。

僕が苦手なのは、自分の言葉に責任を持てない人、それから、投げ出してしまう人です。投げ出すにも、早めに「これは一人では抱えきれない、組織として助けてほしい」というギブアップならいい。そうじゃなくて、やってやってぐちゃぐちゃにした末に「もうやめた」と放り出す人。これはきつい。まとめると、無責任な人が、僕は本当に苦手です。

上の立場の方々に関しては、理不尽だと感じたことはあまりなくて。恵まれているのかもしれません。いまの自分はまだ視座が低いところから仕事を見ているので、上の人からしたら、それは理不尽でもなんでもなくて、必要なことなんだ、という判断なのだろう、と。

ただ――これは特定の誰かの話というより、あくまで「苦手な関わり方の一般像」として言うなら、という前置きでお話しすると、上に向いているときの姿勢と、下に向いているときの姿勢が、極端に食い違ってしまう関わり方は、やはり得意ではありません。仕事をどう進めるかじゃなくて、自分の仕事が増えるから嫌だ、というところが前に出てしまうと、下についた人間は確実に消耗していきますから。これは過去・現在を問わず、どこの組織にもありうる型の話として、です。

05. 気づいてほしい、と思うから

Q. 杉田さん自身の話を、後輩や同僚にされることはありますか。

同期と飲みに行って、熱くなってくると、お互いのやりがいの話はしたりもします。それから、関東地方整備局 本局の企画部企画課で採用担当をやっていた時に、若手職員の前で、先輩から伝えたいことを話してほしい、と言われて、何十人かの前で、いま話しているのと同じ話をさせてもらったこともあります。

でも、基本的には、プライベートではあまり仕事の話をしたくないタイプなんです。それは、自分のなかで仕事とプライベートを分けたい、というのもあるんですけれど、もう一つ、押し付けになるのが嫌だ、という感覚がある。

Q. 後輩が愚痴をこぼしてきたら、どうしますか。

そういう場になったら、僕、たぶん暑苦しい人間なんで、「今の仕事は何のためになってると思う?」って、本質的なところを、どんどん深掘っていくと思います。僕の場合、結局、どんな些細な事務手続きでも、誰かのためになっている、というマインドで動いているので、押し付けじゃないですけど、そっちに持っていこうとしてしまうかもしれない。

ただ、それはあくまでプライベートでそういう場になったら、の話です。むしろ、仕事中のほうがあります。残業中に、部下と自分だけの部屋になったときに、雑談チックに話すことがあります。

そのときも、マインドを押し付けるより、気づいてほしいと思っているんです。

マインドを押し付けてしまうと、結局、誰かから言われた命令みたいになってしまう。自分で「ああ、これはここに繋がっているのか」と気づかない限り、その人のなかで血肉にはならないんですよね。

だから、僕が意識しているのは、一つひとつの仕事について、「この仕事って、何に繋がってると思う?」と、日頃から問いかけることだけ。具体的な一つの仕事に対して投げかけた問いが、少し抽象的に昇華されたときに、やりがいに繋がってくれればいいな、と。

これは、令和元年の台風で、自分の仕事が初めて「目に見える形」になった経験がなければ、たぶん思えなかったことです。仕事は、目立たないほうがいい。でも、目立たない仕事のなかに、自分で意味を見出せないと、やっていけない。その発見の回路を、押し付けずに、本人に気づいてもらうかたちで、若い人に渡したいんです。

Q. 組織に対しては、どんな期待がありますか。

文句というより要望として、という前提でお話ししますが、もう少し、現場に近いところの職場環境を良くしてほしい、というのはあります。宿舎や庁舎の老朽化が、けっこう激しいんですよ。そこが改善されると、気分よく仕事ができる。目立たない仕事を支える場所こそ、きちんと手当てしてほしい、と思います。

Q. 杉田さん自身が、組織にどう貢献していきたいですか。

四月から係長という役職をいただいて、これからどんどん責任のある立場になっていきます。意思決定をする立場です。そうなったときに、部下や後輩たちが迷わないように、方針をきちんと示してあげられる人間になりたい。相談にも、ちゃんと乗りたい。

組織にとって一番いいのは、若い人たちが活気強く仕事をしていることだと、僕は思っています。若い人たちが仕事を頑張れる道筋を立てられる、そういう係長、そういう管理職になれれば、組織は自然と活発になっていく。そうなってほしい。

06. 繋がりは、どんどん波及する

Q. 杉田さんが「誰かのため」と言うとき、頭のなかには誰の顔が浮かんでいますか。

これ、やりがいの話にそのまま繋がるんですけれど、第一には、妻や家族です。

いま利根川の沿線上に住んでいるので、なおさらなんです。ここの整備がしっかりしていないと、妻や親戚も含めて、家族が被害を受けてしまう。だから、毎日の仕事は、まず家族を守るためにやっている。そこは嘘がないです。

でも、そこで止まらない。

僕から見た妻や家族だけじゃなくて、その家族から見た誰か、がいるんですよ。妻には妻の友人がいて、家族がいる。僕の親戚にも、その先の人間関係がある。顔も知らない方々は多いですけれど、繋がりって、どんどん波及していくと思うんです。

その波及していく先の、顔も知らない人たちも含めて守っている――そういうふうには捉えています。

ちなみに、前の所属は本省の水管理国土保全局 海岸室で、二年間、国が直轄で事業を進める海岸を担当していました。基本、海岸の管理は都道府県や自治体が行うんですけれども、海岸法で規定された条件のなかで「国にやってほしい」という海岸については、国が代行する形で事業を進めます。関東だと神奈川の西湘海岸、北海道だと苫小牧や白老町のあたりの胆振海岸。それから唯一、国が自ら管理しているのが、日本最南端の沖ノ鳥島です。

海岸の予算管理や事業管理をしているときにも、やっぱり思っていたのは同じことでした。西湘の砂が守れているから、裏の街に人が暮らせる。胆振の堤防が立っているから、あの町の日常がある。顔の見えない誰かの日常が、自分たちが動かす予算の先に、確かにある。そう思いながら、資料の数字を動かしていました。

中学生のサッカー部で走り込んでいた頃、走る理由は試合でへばらないためでした。でも、走っていたら、陸上の大会にも出られるようになった。サッカーのつもりが、陸上にまで繋がった。あの、意図しない波及の感覚は、いまの仕事にも少し似ているかもしれません。相手が何を嫌がるかを考えて、周りを見ながら次の選択をする――サッカーで身につけたその癖が、仕事でも使われている気がします。


※ 本プレビューは、制作チーム内での確認用です。所属・肩書き、異動経歴、事業名・施設名(八場ダム〔公式表記「八ッ場ダム」との照合含む〕、利根川上流河川事務所、工務第1課、関東地方整備局 本局 企画部企画課、水管理国土保全局 海岸室、西湘海岸、胆振海岸、沖ノ鳥島 ほか)の正式表記、奥様との挿話の扱い、自己評価語(「下心満載」等)の残置可否は、掲載前に関係部署への照会および杉田氏の事前確認を経て最終化します(予定)。

VIDEO QA — 映像画質 確認用

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